四季彩綴り

GWの旅-赤間が関

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  1. 山陽
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旅のレポに戻りまして4/30早朝。二日目は赤間神宮参詣から。
朝食までのわずかな時間しかありませんので、ひとまず家人に赤間神宮まで車で送ってもらい、後ほどまた迎えに来てもらうということに。



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赤間神宮の駐車場から関門橋の方を振り返ると朝日が。




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同じく駐車場から道路越しに見る赤間神宮。



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毎年5月2~4日の3日間、ここ赤間神宮では「先帝祭」が行われます。
安徳天皇が壇ノ浦で入水したのが旧暦3月24日で、翌年の命日に追悼の法要が営まれたのが起源とされ、以後毎年3月24日に行われていたものが明治維新で新暦に移行するのに伴い4月23日に改められ、さらに現在の5月2日に改められたということです。

この日は前述の通り4月30日で先帝祭の期間前でしたが、既に諸行事のリハーサルなども始まっており、境内の設えなどはすっかり祭礼モードになっていました。



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赤間神宮のシンボル水天門。
その翼廊前に掲げられた大絵馬は、今年の干支「卯」にちなみ、神官に扮したウサギが安徳天皇に月見団子を捧げるという図。



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この絵馬は宮司さん直々に毎年デザインされるもので、1976年に画家でもあった先代宮司さんが始められ、1987年から現在の宮司さんが引き継がれているとか。ネットで検索してみると、12年前の卯年には4羽の兎が担ぐ御輿に安徳天皇が乗っているというものだったようで、同じ干支でも絵は変えられているみたいですね。



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水天門から本殿に伸びる仮設の天橋は祭のメインイベント「上臈参拝」のためのもの。
しかし、各所に置かれた赤のコーンがどうも無粋です (-_-;)




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社殿は外拝殿(大安殿)の中にまた内拝殿があり、その周りを水が覆う正に龍宮の社。



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毎年3月上旬には、この水庭に紙で作った雛人形を浮かべ安徳天皇と平家一門を慰霊する「平家雛流し神事」が行われ、下関の春の風物詩として親しまれているようです。



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外拝殿の左手側に建つ三基の塔は海難・水難事故により亡くなった民を供養する水天供養塔。




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そして、その奥にひっそりと佇む小さな祠には「七盛宮」の扁額が掲げられていました。




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ということで、さらに左手へ進み「七盛塚」へお参りをと思ったのですが…




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時間が早すぎたようでまだ開門していませんでした (-_-;)



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耳なし芳一堂の方もこの通り。
神社は早朝から開いているものと高を括っていたのがとんだ落とし穴で、やむなく後ほど宿をチェックアウトしてからもう一度再訪することに。




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(この画像はクリックで拡大表示可)


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(この画像はクリックで拡大表示可)




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最後に赤間神宮の向かいの駐車場内にある「碇」。
謡曲や歌舞伎でお馴染みの「碇知盛」にちなんで設置されたものですが、原典の『平家物語』での知盛は鎧を2領重ね着したとあるだけで、碇を担いだのは別の人になっています。
でもまあ、平家の最後の将軍という位置づけの知盛の最期には派手な演出の方が様になりますけどね (^_^;)

さて、ここでお迎えを頼もうと家人の携帯に電話を入れたのですが、いくらコールしても応答なし。恐らく朝風呂に行っているのだろうと予想して(実際その通りだったようで)、ひとまず海岸沿いを歩いて「みもすそ川公園」まで戻ることに。





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先ほどより少し高くなった朝日を眺めながらてくてくと…。



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遠く薄らと見えるのは前日に訪ねた満珠・干珠。
あたかもそこから船団が繰り出してくるように次々と大小の船が行き交っていました。



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ようやく「みもすそ川公園」に到着。



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しかし、どうもお天気が芳しくなく、前回訪問時 の方が写真の出来は良いぐらいで、残念ながら撮り直しとは行かず…。

ホントせっかく下関に泊まりながらこの体たらく。
返す返すも前日に門司まで欲張らず、下関側をしっかり回っておくべきでした (>_<)


【撮影日:平成23年4月30日】



《メモ》
  赤間神宮 【地図】
   山口県下関市阿弥陀寺町4-1
   TEL:083-231-4138
   拝殿開門時間… 6:00-21:00





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comment

  1. 2011/06/21(火) 19:37:40 |
  2. URL |
  3. 手鞠
  4. [ 編集 ]
ともp様、こんばんは~♪

前日は素晴らしい快晴だったのですが、お天気運は一日目で全て使い果たしてしまったようで、これ以後は全く青空にはお目にかかれませんでした (-_-;)
でもまあ、お天気が悪いなりにそれはそれでまた違った味わいにも出会え、旅を楽しむことはできましたが…。

赤間神宮の天橋はこの時期ならではのものですので、先帝祭そのものは見物することはできませんでしたが、少し得した気分でしたね。

安徳天皇の入水は…

まあ、生き残って京に戻ったとしても表立って処刑されるということはなかったでしょうが、崇徳上皇のように遠国に流罪幽閉という可能性もあったでしょうし、果ては密かに暗殺ということも危惧したかもしれませんね。鹿谷事件での成親暗殺が事実とすれば、蛇の道は蛇…というやつで。

あと個人的な妄想としては、壇ノ浦の時点で既に安徳天皇は替え玉にすり替わっていたのではないか?という気も…(宇佐公仲の身替り伝説などもありますし)。そのまま下手に生き残って偽者と知れてはマズイということで、証拠隠滅のためにそうせざるを得なかった…なんてね (^_^;)

『キヨモリ通信fromひろしま』 のお知らせありがとうございます。
4部構成というのは一年の長丁場を考えると妥当なスタイルでしょうね。確か昨年の『龍馬伝』も、その前の『風林火山』でもそういう形式でしたし、ちょうど民放ドラマの1クールと合致してペース配分しやすいのかも。ただ、それにとらわれる余り、下手な引き伸ばしや逆に詰め込み過ぎの駆け足ということにならければとも思いますが。

何にせよ7月末の次の出演者発表も楽しみですね (^-^)

  1. 2011/06/21(火) 08:48:32 |
  2. URL |
  3. ともp
  4. [ 編集 ]
手鞠様、おはようございます。

お天気があまり良くなかったそうで、残念でした。
でもそのお陰か、満珠・干珠の間を行き交う船が
霞んで、あたかも源平の船のようにもみえます。
あの日もこのような風景が見えたのではないでしょうか?

また、赤間神宮ではこのような天橋をかけるのですね。
『上臈参拝』の様子もいつか見てみたいです。

いつも思うのですが、なぜ二位尼は安徳天皇と入水したのでしょう?
天皇は殺される恐れなどなかったのに。
自分達を追いやり、後鳥羽天皇をたてた後白河法皇に対し、
安徳天皇こそ正統であるとする意地のようなものだったのでしょうか?
でも、どうしても惨いことのように思えてしかたありません。

そしてやっぱり八艘飛びの義経と碇知盛が向き合っている銅像には
違和感をおぼえます。

ところで、広島市観光ホームページで
(http://www.kankou.pref.hiroshima.jp/)
『キヨモリ通信fromひろしま』
http://www.kankou.pref.hiroshima.jp/
というニュースを配っているのをご存じですか?
この第2号によると『清盛』は4部構成だそうで、
7月末に出演者の追加発表があるそうです。



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