四季彩綴り

  • 10
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 12

夏の信州の旅-諏訪大社

00P1150624.jpg



  1. 上信越
  2. / トラックバック:0
  3. / コメント:2

 
千畳敷カールの絶景を楽しんだ後は再び中央自動車道に乗り諏訪へ。
真の目的地・霧ヶ峰へ向かう道すがら、せっかくの機会なので諏訪大社にちょこっと立ち寄ってみることにしました。

しかし、諏訪大社と一口に言っても

・上社本宮
・上社前宮
・下社春宮
・下社秋宮

の4つの社がそこそこ離れた場所に点在しており、いったいどうお参りすれば良いのやら???と思ったのですが、とりあえずルート上で最も近くタイムロスが少なくて済みそうな「上社本宮」をセレクトしてみました (^^ゞ




01P1150594.jpg
(この画像の拡大表示は こちらをクリック のこと)

信濃國一之宮で日本最古の神社の一つとされている諏訪大社の上社本宮。
熊野本宮のように「ほんぐう」と読んでしまいがちですが、こちらでは「ほんみや」というのが正式な読みのようです。




02P1150596.jpg

さて、諏訪大社といえばやっぱり「御柱」でしょう。
社殿の四隅に樅の大木を一本ずつ立てて神木とするもので(四社で計16本)、6年に一度、寅年と申年にこの柱を立て替える行事が有名な「御柱祭」(正式名称は「式年造営御柱大祭」)。直近では昨年の2010年に行われています。




03P1150614.jpg

高さ十数メートル、直径1メートル余、周囲約3メートル、重さは何と10トン以上という御柱は堂々たる風格。しかし、場合によっては死者も出してしまう危険な祭礼には、正直な所、少し首を捻ってしまいますが… (-_-)




04P1150613.jpg

そして、一の御柱の背後の注連縄が渡された隅にあるのが御沓石(おくついし)。
昔の貴人の沓(くつ)の形に似ているからとも、大神が騎馬で乗り越えようとして馬の蹄の跡が付いたからとも言われ、「諏訪七石」に数えられるものだそうです(それにしてはどうも存在感が薄い…)。




05P1150597.jpg

石段の上にあるのが塀重門。
参拝者の通れる入口門はこの右手側にあります。




06P1150611.jpg



07P1150610.jpg

手水舎に君臨するのは諏訪湖の守り神(?)の龍神様。




08P1150602.jpg

参拝所から望む拝殿。
諏訪本宮は幣拝殿と片拝殿のみで本殿を持たない「諏訪造り」という独持の様式で、これらの建物は重要文化財にも指定されています。




09P1150605.jpg



10P1150609.jpg

先ほどの塀重門の内からから外を望むと北参道の大鳥居が見えます。




11P1150598-2.jpg

諏訪大社の御神紋は梶の葉。




12P1150608-1.jpg

宝物殿の前に実物の梶の木が植わっていましたが、葉のアップ画像を撮っていなかったので、あまり鮮明ではありませんが同じ画像をトリミングしたものも載せておきます。




12P1150608-2.jpg




13P1150593.jpg

変りましてこちらはどんなに晴れた日でも屋根から水が三滴したたり、その下にある井戸に溜まっていくという言い伝えのある「天流水舎」。

また、この石段上の奥に徳川家康が寄進したという勅使門(四脚門)があるのですが、うっかり素通りしてしまいました (-_-;)





14P1150591.jpg

こちらは神楽殿。
中には2台の大太鼓が据えられており、裏側から撮ったものがこんな感じ。




14P1150619.jpg

手前の黒っぽいのが先代で、かつては「牛の一枚革では日本一」とされた大物。
毎年元旦にのみ打ち鳴らされていましたが、老朽化により平成21年に引退となり、新しい太鼓が新造されました。

あと境内にはこんなものもありました。




15P1150616.jpg

雷電為右エ門の像。
史上最強の呼び声も高い江戸時代の名力士(大関)で信濃国出身。しかし、何しろ江戸時代のことですから、実際の風体はしかとわかりませんので、昭和の横綱柏戸・佐田山・富士錦らをモデルにして作られたと言います。





16P1150623.jpg

また、先ほどの神楽殿の前には土俵も。
江戸時代から続く「十五夜祭奉納相撲」(無形民俗文化財)という行事が毎年9月15日に行われているそうで、雷電像もそれにちなんで奉納されたものということでしょうか。




17P1150627.jpg

最後に駐車場に咲いていた紫陽花。

ということで、事前の予習もなしだった上に、2000m超の山上とは打って変わっての猛暑日和に、あまりよく考えずに回りましたので見逃したものも多々ありましたが、古式ゆかしい神社らしい厳かな空気に触れられただけでもまあよしと言う所でしょうか (^_^;)



さて、この後は一路霧ヶ峰へと向かいます~♪


【撮影日:平成23年7月16日】



《メモ》
  諏訪大社上社本宮 【地図】
   長野県諏訪市中洲宮山
   TEL:0266-52-1919


   上社前宮 長野県茅野市宮川2030
        (TEL:0266-72-1606)

   下社春宮 長野県諏訪郡下諏訪町193
        (TEL:0266-27-8316)

   下社秋宮 長野県諏訪郡下諏訪町5828
        (TEL:0266-27-8035)






スポンサーサイト

テーマ:神社・仏閣巡り - ジャンル:旅行


<<夏の信州の旅-霧ヶ峰(1) | BLOG TOP | 夏の信州の旅-駒ヶ岳千畳敷カール>>

comment

  1. 2011/08/05(金) 22:45:24 |
  2. URL |
  3. 手鞠
  4. [ 編集 ]
ともp様、こんばんは~♪
諏訪大社の四社とも回られたのですね。一応公式ページでも一番上に載っていますし「本宮」というからにはここが本家本元かな?と思い参詣してみました。次の機会には他の三社も訪ねてみたいですね。

神戸市の情報、ありがとうございます。
来週月曜日に大河の第三次キャスト発表もあるようですし、いよいよ始動という感じになって来ましたね。

しかし、清盛隊の人選はちょっとチグハグな感じもしますね。
神戸にゆかりの人物という点では重盛はちょっとイメージしにくいですし、薩摩守忠度や孝行息子の知章の方が史跡もあって相乗効果が上がりそうな気も…。5人と言わず10人ぐらいでもいいように思いますが、やっぱり人件費削減のためですかね。もっとも5人も期待通りの人材が集まるか…、そっちの方が問題かもしれませんが… (^_^;)

  1. 2011/08/05(金) 10:17:19 |
  2. URL |
  3. ともp
  4. [ 編集 ]
おはようございます。

諏訪大社、大昔に弟の車で連れて行ってもらったときは、時間もあったので全部まわることができましたが、やはり一番大きく建造物も多く残っていたのが上社本宮でしたので、ここに行かれたことは正解だったと思います。

あと下社春宮の近くにあった万治の石仏がなんとも素朴でユニークで印象に残っています。

私が行ったときは、霧ヶ峰は本当に霧がひどく、車を走らせるのも怖いぐらいだったので、霧ヶ峰編を楽しみにしています。

ところでネットのニュースでこのようなものを見つけました。

神戸市、平清盛のPRメンバー公募 イケメン集め観光振興
日本経済新聞
http://www.nikkei.com/news/local/article/g=96958A9C93819890E2E6E2E0888DE2E6E2EAE0E2E3E39E9693E2E2E2;n=9694E3E4E3E0E0E2E2EBE0E0E4E5

『神戸・清盛隊(仮称)』のメンバーは5人、清盛のほか、重盛、宗盛、重衡、敦盛の平家一門で構成されるとか。

重衡、敦盛は神戸というか須磨に縁がありますから、メンバーに選ばれたのでしょうし、宗盛も清盛亡き後の平家の総帥ですから選ばれたのでしょうが、知盛、教経がいないのがちょっと気にかかります。
5人にしたのは予算の都合でしょうか?はたまたSMAPや嵐のメンバー構成を意識したのでしょうか?

なんとなく生暖かく彼らの活躍を見守りたいです。

 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback