四季彩綴り

木曾町日義村探訪

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  1. 上信越
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千畳敷カールに行った帰り、少し遠回りになりますが、木曽駒ケ岳を挟んで西側を通る旧中山道へ出て帰阪の途に着くことに。かつては50kmぐらい北上して塩尻まで行かないと冬期に中山道に入れる道はなかったのですが、平成18年に開通した権兵衛トンネルのおかげで年中通行可能で、所要時間も従来より大幅短縮になる新ルートが整備されたのでした。

で、その中山道沿いの奈良井宿と木曽福島宿の間に位置する宮ノ越宿の周辺は、かつて朝日将軍と謳われた源義仲ゆかりの地とされています。村名の「日義」も恐らく朝日将軍の「日」と義仲の「義」から取られているのではないでしょうか。




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JR宮ノ越駅(中央本線)近くにある義仲館 資料館。





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悠然と構える義仲と凛とした巴の銅像がドーンと鎮座します。
こちらの資料館では義仲の壮絶な生涯を絵画や人形を使いわかりやすく解説しているとのこと。結構しっかりとした建物で、もう随分前から義仲の大河ドラマ化の誘致活動に熱心という噂は漏れ聞いておりましたが、その熱意の表れでしょうね。

しかし、今回は時間が押していたため内部拝観はスルーということに… (^^ゞ





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続いて、義仲館の前の道を少しまた奥に入った所にある徳音寺へ。





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元は義仲の母小枝(さえだ)の菩提寺だったものを、義仲の死後、彼の右筆を勤めていた大夫坊覚明が義仲の菩提寺とし、寺号も「徳音寺」と改めたと言います。





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桧皮葺の重層の楼門。
ここをくぐってすぐ目に入って来るのが…





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凛々しい巴御前の騎馬像とつらぬき石。
巴ヶ淵の対岸に巴御前が馬を跳ばせた時、力余って対岸の石に蹄の跡が残ったという伝承を再現したもののようで、この石の窪みに出来た溜り水で手を清めて巴御前の墓前にお参りすると満願成就、特に疣に妙効あり、あるいは絶世の美女巴姫の因縁により美しくなる…などとも伝わっているそうです。





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その奥にある霊廟。





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内部には義仲の像と位牌が安置されています。





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そして、最奥にあるのが義仲と彼を守り立てた中原一族の墓所。





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左側に樋口次郎兼光と巴




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右側に義仲の母小枝と愛妾の山吹、そして、義仲の乳兄弟だった今井四郎兼平




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真ん中の一番上にはもちろん義仲の墓。
懐かしき故郷でこうして一族郎党に囲まれて、今は安らかな眠りについているのでしょうか。

なお、義仲の墓としては木曽福島の興禅寺、実際に最期を遂げた近江滋賀の義仲寺、さらに、京都東山の法観寺にも梟首された後の首を供養した首塚と伝わるものが残されています。





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続きまして、義仲館や徳音寺のある場所から数百メートルほど木曽川を遡った所にある「巴橋」。




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この辺りは蛇行する木曽川が巴状に渦を巻く淵があることから「巴ヶ淵」と呼ばれ、伝説では巴はこの淵の竜神の化身だとも。少年少女時代の義仲や巴が水遊びをした場所と伝えられています。




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滝というほどのものではありませんが、水の流れが寒さで氷結していました。





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さて、今度は国道19号線に出て「南宮神社」。
義仲が美濃関ヶ原にある南宮大社の分霊を当地に移し、戦勝祈願所としたもの。




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立派な木の鳥居に石造りの鳥居があってその奥に拝殿。




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そして、さらに拝殿の背後にこちらの本殿があります。




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社殿の隣には土俵もありました。
日もどんどん傾いて行っていますので先を急ぎます。




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南宮神社から目と鼻の先の所にある旗挙八幡宮。
治承4年(1180)に以仁王の令旨を奉じて義仲が平家追討の挙兵をしたと伝わる八幡社で、同時にこの周辺が義仲の館址とも言われています。





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鳥居や本殿は比較的近い時期に新しく建て替えられたもののよう。





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一方、こちらは樹齢1000年とも言われる大欅(ケヤキ)の古木(800年or900年とも)。
義仲の時代(800年余り前)にもここに立ち、若き日の義仲や巴の姿もつぶさに見守って来たのでしょうね。

近年、落雷や台風の被害で手前の幹が折れ、残りの幹も樹勢の衰えが著しかったことから、枝一本に生命力をかけて少しでも延命を図れるように…と、このような姿になったとのことです。


ということで、JR宮ノ越駅周辺にわりあい固まっているスポット(一回りして2kmぐらい)を大急ぎで回って来ましたが、ここでとうとうタイムアップ。山間の地ということで日の入りも早く、そろそろ写真撮影が難しくなって来ましたので、今回はここで打ち止めとしました。





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最後に道の駅・日義木曽駒高原から望む木曽駒ケ岳。
昼間登って来た千畳敷カールの裏側に回って来たわけです。





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義仲の幼名は「駒王丸」と伝わっていますが、恐らく木曾駒ケ岳から取られたものなのでしょう。旗挙八幡宮の大欅以上に、この山々こそ確かに義仲たちの成長を見守って来た生き証人と言えますね。





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山の端に隠れる寸前に最後の光彩を放つ落日。
まるで義仲の最期にダブるような憎い演出で早朝からハードスケジュールだった日帰り旅も幕となりました。

しかし、毎度のことですが、いくつか見送ったスポットもあるので、またいつか、上手くスケジュールが合えば高遠の桜見物と絡めて晩春に再訪できれば…などとまた懲りずに思案しております (^^ゞ


【撮影日:平成24年2月11日】


《メモ》
  義仲館 資料館 【地図】
   長野県木曽郡木曽町日義上町290-1
   TEL:0264-26-2035
   入館料… 一般300円、中学生以下無料
   開館時間… 9:00-17:00
   休館日… 月曜日(休日の場合は火曜日)





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テーマ:史跡・歴史的遺物 - ジャンル:学問・文化・芸術


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