四季彩綴り

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西八条史跡めぐり

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  1. 西八条
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鳥羽に続きまして、西八条界隈でも史跡探訪。
今回一番押さえておきたかったのが、八条油小路交差点にあるこちら。



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「平重衡受戒之地」の碑。

この辺りは一の谷の合戦で生け捕られた平重衡が入京後に留置されたという堀川八条の御堂があったと推測される場所で、『平家物語』によればここで法然上人の手により受戒したとされていることから、このような碑が建てられたようです。

ちなみに建立されたのは2011年の暮れらしく、翌年の大河ドラマ『平清盛』の放映を睨んでのことだったのは明白ですね (^_^;)





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法然の受戒話自体は『平家物語』上の創作の可能性が高いですが、それは抜きに考えても、虜囚の身となった重衡がしばし滞在したことは疑いありませんし、八条堀川の御堂は家主が義弟に当たる冷泉隆房で、彼の祖父・藤原家成の代から伝えられていたものという、むしろその点の方が興味深いものがあります。


さて、この石碑から西へ800mほど行ったところにあるのが六孫王神社。




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清和源氏の祖と仰がれる経基王を祀る神社で、「清和源氏発祥の宮」として知られています。
「六孫王」という称は、経基王が清和天皇の第六皇子(貞純親王)を父とする皇孫であることに由来しているようです。





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折しもツツジが満開で、若葉の緑も鮮やか。





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六孫王神社も知る人ぞ知る桜の名所で、ソメイヨシノから遅咲きの八重桜までわりあい長く楽しめるスポットなのですが、今年は残念ながら完全に終わっていました。
でも、緑のアーチも爽やかでいいですけどね。





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うっかり拝殿を撮り忘れていて、いきなり本殿(しかも微妙に見切れてる…)。
拝殿より内側は入れませんので、あくまでも外から撮ったものです。

本殿前にちらほら見える花は牡丹です。





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経基王が大の牡丹好きで、その花園が嵯峨まで続いているほどだったという伝承があることから、それにちなんで本殿前に牡丹が植えられています。

こちらも早くに旬は過ぎてしまっていたようですが、わずかながらでも花が残っていてくれて良かったです。





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拝殿の脇には藤棚もあるのですが、これも終了間際。
八重桜も含め、4月半ばぐらいに訪ねられればよかったのでしょうけどね。





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拝殿の脇にある神馬。
平成17年に修復されているようで、黒々としたたてがみが妙に印象的でした。





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神社のすぐ北側を新幹線が走るという立地がまた凄い。

ところで源氏発祥の地と言う一方で、平安時代末期の古地図に照らし合わせると、この辺りは平重衡邸跡となっている不思議( こちらのページ で見ることができます)。

しかも、牡丹の花に譬えられた重衡と牡丹愛好家の経基王。
偶然の符合としても、何だか妙な奇縁を感じますね。




さて、六孫王神社からお次は北へ向い(と言ってもJRの線路を越えるにはちょいと回り道が必要ですが)、梅小路公園へ。




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水族館が建設され、すっかり様変わりした梅小路公園ですが、この日はグリーンフェアやらにぎわい市やら催されていて、多くの家族連れでごった返していました。





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ツツジが綺麗だったので撮ってみましたが、そこら中でお弁当を広げていて、視線は自ずと下向きに (^_^;)





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そもそもが「西八条第跡」の説明看板の位置を確認するために立ち寄ったのですが、この周りも人が多くて看板のみ撮影して撤収。またの機会を見つけて再訪せねばと思っています。


ということで、梅小路公園から今度は七条通を西へ300mほど行きますと





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商店に挟まれた細い路地の入口に「源為義公墓」と書かれた門柱が。





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突き当りは権現寺という非公開寺院で、為義さんのお墓はその門前右手にあります。





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源為義の最期の地としては船岡山が広く知られていますが(『兵範記』等の記述により)、『保元物語』では七条朱雀野で斬首されたと記されており、それに従って後世に建立された供養塔。

元は下京区朱雀堂ノ口の中央卸売市場付近にあったようですが、京都停車場(JR京都駅)の拡張に伴い、権現寺ともども現在地に移転して来たようです。





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供養塔の背後に見えるのは咲き始めのシャクナゲ。






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以前訪れた時には季節が違いましたので、全く気付きませんでした。
ちょうど良い時期に再訪できたみたいです (^-^)





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おまけで権現寺さんの中にもツツジが。





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そして、西洋シャクナゲも。

思えば重衡くんの石碑や梅小路公園でもツツジが咲き、六孫王神社では牡丹や藤も見られ、予想外に花めぐりまでできてしまいました (^^ゞ



最後に今回もgoogleマップを。


より大きな地図で 京都史跡-西八条周辺 を表示


なお、為義さんのお墓からさらに西へ行きますと、平清盛ゆかりの若一神社などもありますが、今回は時間の都合でスルー(過去に訪問済ですが)。
梅小路公園のリベンジと合わせて、またの機会を待ちたいと思います。


【撮影日:平成25年5月3日】





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